『4人の食卓』イ・スヨン監督インタビュー

tofu22004-08-11


猟奇的な彼女』で注目を集めた韓国の若手女優、チョン・ジヒョンの新作『4人の食卓』が日本で初夏に公開される。本作のプロモーションのために女性監督のイ・スヨンが来日。70年生まれの監督は、長編第一作目となる本作について、冷静に理論を構築し、落ち着いた口調で語った。



■電車にいた二人の少女やベランダの子供、そして主人公の子供の頃の記憶など、『4人の食卓』には子供が多く登場します。子供と恐怖が結びついているように感じるのですが、その理由は?

イ・スヨン:幼児期というのは、個人的にも社会的にも過去のことです。ですから、今の状態よりも発展していない部分が多いことになります。発展していない状況にいるということは、言い換えると、社会的な余裕がないがために、弱者となるのです。また、過去というモノは社会そのものも、弱者に目を向けて保護する状況になっていない時代でもあります。そんな状況の中で、最初に被害を受けて傷つくのは、弱者と言われる子供や女性や老人です。ですから、恐怖に一番近い存在は弱者になります。
この映画の中は、現実同様に、子供が傷を受けやすい位置にいます。そして、弱いからこそ小さな傷でも大きく深く傷ついてしまう。だからヒロインと子供が恐怖と関連していると感じたのだと思います。


■団地での暮らしというのは、閉鎖的な世界となります。その中での生活は、隣人を全く知らないこともあれば、他人なのに姉妹のように親しくなることもある。そういう世界に興味があるのは何故ですか?

イ・スヨン現代社会では、それぞれ個人が孤立していますが、親しくなりすぎることもあります。どちらの付き合い方がよいかは、一概には言えません。今までの社会では、隣人同士が親密に付き合ってきました。でも現在はそれが少し負担になっていて、お互いの距離を取りながら過ごすようになっています。それは確かに楽なことではあります。でもその反面、寂しさを感じることがある。それは誰にでも共通していることです。この映画の場合、ふたりの女性は、いい意味での親しさを持っていれば問題はなかったのです。
ただ、私は、彼女たちの関係だけに焦点を合わせて映画を作ったわけではありません。「家族」という単位をテーマにしているのです。「家族」は本来、温かくお互いを迎え入れるものですが、お互いに近すぎる存在であるがゆえに、知らず知らずに傷つけあってしまうことがある存在なのです。家族だけでなく、友人もそうです。お互いの接し方が正しい方向でない場合、問題が生じてしまうのではないでしょうか?


■脚本を執筆中に、自分で監督をしようと考えていたのでしょうか? また、撮影中に脚本を変更することはあったのでしょうか?

イ・スヨン:自分で監督するつもりで脚本を書いていました。私はシナリオを映像化するという考え方はしません。どちらかというと、シーンごとのイメージが先に浮かんでくるのです。浮かんできたイメージを頭の中で組み立てて、それを文章に移し替える作業をするのです。なので、映像化することが大変で脚本を変更するということよりは、むしろ自分が思い描いたイメージを文章にすることの方が難しかったですね。


■監督にとっても、チョン・ジヒョンさんをキャスティングするのはチャレンジングなことだと思います。彼女をキャスティングした理由は?

イ・スヨン:彼女にとっても私にとっても、このキャラクターは難しい挑戦となりました。ヨンというキャラクターは、チョン・ジヒョンさんよりも年齢の高い設定でしたが、彼女がこのシナリオを読んで、ぜひ出演したいと言ってくれたのです。彼女は前作の『猟奇的な彼女』のイメージが強く、観客からも彼女に対する固定観念が付いてしまっていたのですが、それを変えたいと思っていたようです。
とはいえ、彼女はまだ若く、結婚の経験も出産の経験もありません。だから、彼女に近い年齢の主婦の1日を追ったドキュメンタリーを撮って、それを彼女に観てもらいました。また、母親が霊を感じる巫女で、自分も霊感が強い女性という人に、お会いしてインタビューをしてもらいました。さらに、トーンを抑えた語り方をするために、撮影前のリーディングには、かなり時間を掛けました。現場でも、服装やヘアスタイルなど、かなり気を付けました。


■たくさんのテーマが盛り込まれた映画ですが、最初に思い付いたテーマ、もしくはイメージは何ですか? また、脚本を書くにあたって、一番大切なことは何ですか?

イ・スヨン:一番最初に思い浮かんだイメージは、食卓の椅子に幼い双子の姉妹がぐったりと座っているシーンです。テーマは、人と人のコミュニケーションについてです。外部とうまく疎通できない二人が、彼らだけの間では、うまくできる、という関係性について。また、二人の間でうまくいっている関係性も、最後まで続くものではなく、どちらか一方が一種の裏切りに至ってしまうことをテーマにしました。脚本を準備する際に気を付けていることは、あまり緻密すぎないようにすること。あくまでもプロットが活かされている脚本を書く必要があると思っています。


■この映画を通して、監督から伝えたいメッセージを教えて下さい。

イ・スヨン:日本を始め世界の人に伝えたいメッセージは、人は受け入れがたい事や恥ずかしいと思うことを避けて忘れようとします。そういったことに正面から向き合ってこそ、初めて本当の成長ができるのです。それをしないと、ジョンウォンのように、いつまでも成長できず、足踏み状態になってしまう。ただ単純に歳だけを重ねて、老いてしまうのです。だから、辛かったり恥ずかしかったりすることでも、事実を受けとめ正面から向き合う必要があるのではないかと、いうことです。


■ハイコントラストで高層マンションの冷たさを表現されていました。韓国で最近開発が進んでいるマンション群を見て、都市に対する考え方を教えて下さい。

イ・スヨン:韓国ではここ数年、高層マンションの建築が盛んです。主に郊外のベットタウンになります。郊外のマンション群に住む人たちの多くは都市に出勤しています。だから、昼間はガランとしていて、大きな墓場のような感じがします。なんだか怖いという印象があるのです。住民たちも、マンション全体の空気が変わっていくような恐怖を感じていると思います。そういった効果を狙うために、映像面では実際のトーンよりもコントラストが強くなるテクニックを使っています。


■霊を扱う映画を撮る場合、日本ではスタッフやキャストがお祓いをするのですが、この映画はしたのでしょうか? また、ケガなどなく無事に撮影はできたのでしょうか?

イ・スヨン:誰もケガなく撮影ができました。また、韓国ではジャンルに関係なく、全ての映画でお祓いは行われます。映画は多額のお金が掛かっているし、いろいろな機材を使うので、ケガということはいつも考えられます。だから、そういうことがないように、どんな映画でもイベントのひとつのようにお祓いをするのです。


チョン・ジヒョンさんの普段の様子はどんな感じなのでしょうか?

イ・スヨン:明るい人ですが、人見知りで、人と親しくなるまでに、少し時間がかかるようです。また、彼女は自分の考えや感情をあまり外に出さないタイプです。撮影に入るまで、キャラクターについて一人で考えていたようです。また、撮影直前の集中力がとても高い人です。


■雨乞いの話は、韓国で伝えられている話なのですか?

イ・スヨン:私が子供の頃に聞いた話です。韓国の人が誰もが知っているという話ではありません。子供の頃とても感動して、ずっと頭に残っていたのです。だから、この映画で使ってみました。


■今後の予定を教えて下さい。

イ・スヨン:いろいろなテーマやジャンルの映画を撮りたいと思っています。ある程度の水準を保ちつつ、同じ監督が作ったとは思えないような幅広いジャンルの作品を作っていきたい。映画ごとにテーマの違うものになると思いますが、無意識につながっていると思っています。今は、短編作品を計画中です。テレビ用に6人の監督が15分ずつ担当するオムニバス作品で、私はチャンバラのような史劇モノを作ってみたいと考えています。